ゴールからの発想

2009年6月27日 (土)

民法の抜本改正

民法改正委員会

現時点において、法務大臣による債権法改正の諮問がなされているわけではありませんが、民法学者が中心となって構成されている民法(債権法)改正検討委員会という私的団体が叩き台となりえるような民法改正試案を作成しています。そして、委員会で議論をまとめた後、法制審議会に上程することになっています。改正の方針は、部分修正にとどまらず、抜本的改正とされています。つまり、確定判決を盛り込むこと、安定した法解釈を条文化する、というだけではなくて、国連条約などに見られる国際化統一化傾向と調和する内容に改め、条文数も大幅に増やして民法典を再構成しようとしているのです。

民法が施行されたのは、1898年(明治31年)7月16日、今から111年前です。親族編・相続編を除く総則編・物権編・債権編については、部分改正はされましたが、実質的な全面改正まではなされませんでした。そこで、ついに昭和27年に法務省が組織されて以来の最大級の改正がされようとしているのです。

改正委員会では、債権法改正ということで民法の債権編を中心に改正することになっています。また、必要に応じて総則編も改正の対象になるようです。たとえば、消滅時効の期間短縮などが検討されています。しかし、判例や学説による解釈が極めて多い不法行為や不当利得については、改正の対象にしないとされているようです。

特別法を民法に取り込むことも考えられています。商法の商行為の規定や消費者契約法などです。もっとも、借地借家法や労働契約法は取り込みをしないそうです。その理由は、政策的な問題が大きく影響するからとされています。

明文によって、契約自由の原則と契約交渉段階における契約交渉破棄に対する無問責の原則を規定することが検討されています。これらの原則を明文で確認しておく意義は大きいのですが、そうすると、例外的に信義則違反の態様で契約交渉を破棄したような交渉当事者に対しての損害賠償責任を負わせる規定も検討しなければならなくなります。また、それをわかりやすい表現にもしなければなりません。規定案では、「契約の成立を期待して行動したことにより被った損害」というような表現が用いられています。そして、責任の性質については、やはり契約成立前の責任ということから、契約責任を構成しないとして、不法行為責任として構成することも検討されているようです。

民法は、私法の基本法ですから、民法を利用する国民生活に大きな影響を与えます。ですから、民法改正には、多くの国民の意思が反映されなければなりませんし、実務慣行に対しても充分に配慮しないといたずらに混乱を招くことにもなりかねません。迅速な審議で「そう遠くない時期に法案が作成される」と聞いていますが、もっと慎重で、より幅広い議論が必要という声も無視してはなりません。

"<民法改正を知ってますか?>から引用しました”

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2009年3月24日 (火)

東京マラソンで娘の応援

ゴールまで追っかけ

東京マラソンに抽選で当たって、娘が出場することを知ったのは、昨年のことでした。42.195Kmを歩くのだって難しいのに、まして、完走が本当にできるものだろうかと半信半疑でした。その後、練習はそれなりにしていたようですが、それでも、無理して足を痛めなければいいくらいに思っていました。そして、いよいよのその当日は、とりあえず品川の折り返し地点で応援をすることにしました。それでも、まだ、新宿のスタート地点からそこまでの約15Kmを走ってこられるかどうかもわからないけれど、というくらいの気持ちでした。

品川の折り返し地点は、応援する人たちで混雑していましたが、それ以上に多くのランナーたち?が次から次へとやってきます。担架で運ばれた芸能人や早々に足を骨折している車椅子の人なども見ました。あまりに団子状態だったで、娘の姿は捉えられませんでしたが、少し離れて応援していたいた妻は、元気で走っていた娘に出会えたそうです。そこから、銀座、浅草へというコースだし、どうやら雨も降りそうだしということで、浅草でゆっくりと食事をしながら待つことにしました。

雷門の脇の天婦羅屋{三定」でのんびりと食事をしていたら、その間に通過してしまったとわかりました。本人から携帯で連絡があったのです。サラリーマンのときに、その店の社長夫婦には面識があったので、会計のときに何気なく尋ねたら、もうお二人ともお亡くなりになっていると聞いて驚きました。それほどのお年ではなかったはずだからです。マラソンでもなければ、昼間から浅草で食事するような機会もなかったはずなので、謹んでご冥福をお祈りしました。

5Kmごとに通過ラップが出るので、だいたいどのあたりを走っているのかが携帯で掴めます。雨が降り始めた浅草で会えなかったので、次に新冨町に移動しました。最後の難所の坂があり、風も強くなってきたので、そこで応援して励まそうということになったのです。さすがに、折り返し地点とは違って、一人ひとりが近くで確認できます。娘も真剣な顔をして走っていましたが、それほど疲れている様子にも見えなかったので、そこでもう完走を確信しました。

ゴールのビックサイトは、強い風と雨、そして、人また人でした。完走者には、メダルが渡されるようで、首から下げて、皆、誇らしそうに歩いていました。娘の完走は、携帯で知らせがあったので、すでにわかっていました。待ちながら、こんなにも大勢の人が完走するということにも感激をしたのですが、それにも増してビックリしたのは、なんともその完走者たちの元気なことでした。まるで、充実感で、疲れを忘れているかのようでした。そして、ようやく、娘に会えたのですが、やはり足を引きずっているわけでもなく、とても元気だったので安心しました。

制限時間を過ぎると、走るのを無理やりやめさせられて、バスに乗せられてしまうそうです。公共の道路を使うのですから、それもやむを得ないことです。さらに、制限時間内にゴールするという目標を達成するからこそ、完走に価値もあるのでしょう。だから、スポーツクラブで、たかが5Kmくらい歩いているだけで満足していてはいけないのだという反省をした一日でした。

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2008年5月 2日 (金)

蓮如の遺書

他人を養子にする事一家之疵也

蓮如が死の16日前に遺言した41ヶ条遺言のうちの30番目にある戒めです。大谷家という大家族の安泰と本願寺血統の継続を願っているのです。生涯に5夫人を迎え、13男14女をもうけている蓮如ですから、その戒めは更なる本願寺教団の拡大を考えてのことです。実際には、他人養子を排除するために、血縁養子として三等親間、四等親間の婚姻という同族婚を多数行っています。蓮如の遠くを見通した戦略なのです。

親鸞の妻帯が、本願寺系図のうえに意外な効力を発揮しています。大谷家の血脈が700年の間途切れることなくつづいているからです。一滴の血は世代をこえて継承されます。血の濃度を薄めつつも決して消滅することはないのです。その結果、血脈・法脈の源泉を一身に体現する親鸞が生き仏に擬せられ、この始祖信仰が天皇家の血統ときびすを接するまでになりました。17世紀には、1000年の歳月を生きのびた生き神の館(御所)と400年の風雪に耐えた生き仏の居城(東西両本願寺)が、京都洛北に並び立つという宗教権威の二重体制ができあがったのです。

本尊並御影等の事、わたくしとして安置申べからず、又は書申べからざる事

権威の象徴の確保と管理です。「南無阿弥陀仏」の六字名号、「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号などの本尊や親鸞の影像を、本山・法王の許可なしに、みだりに書いたり安置したりしてはいけないということです。

蓮如は、親鸞の「悪人成仏」の考え方に対して危機的な問題意識があったようです。親鸞の「自然法爾」とは、念仏三昧の生活のなかで自分の身心が自然に仏の状態になっていることで、姿も形もない「無上仏」の状態に限りなく近づいているということです。死については、あいまいな態度ともいえます。また、唯円の「歎異抄」では、「地獄は一定すみかぞかし」と現世が地獄として、死の影を消し去っています。それに反して、蓮如は、「浄土往生」死ぬことこそが究極の救いであると表明したのです。それが、「後生の一大事」ということだったのです。

於一流中仏法を面とすべき事、勿論也。雖然、世間に順じて王法をまもる事は、仏法を立てんがためなり。

王法為本、仏法秘匿の二重基準です。王法を先とし、仏法はかくすべしということです。その前提として「信心決定のうへには、つねに仏恩報尽のために称名念仏すべき事」が求められています。阿弥陀仏の救済を頼むという信心が定まれば、そのあとに称えられる念仏は、ただ仏の恩を感謝しそれに報いるための念仏になるということです。念仏者にとっては、仏恩報尽の称名念仏は、返済不能の絶対の債務なのです。

「王法をば額にあてよ、仏法をば内心に深く蓄えよ」とは、仏法は面、それに対して王法は仏法を立てるための方便ということです。このように蓮如の遺言は、危うい秘伝を含んでいます。

”<蓮如と信長>から引用しました”

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