挨拶に題名をつけてみる
前置きをとにかくやめる
挨拶のポイントは、一般論、抽象論を言わないことです。たとえば、エピソードやゴシップも具体的なものを使います。そして、原稿ができあがったら、題名をつけてみます。題名がつけられないようだと、散漫になっているからです。注意をするのは、とかく日本人の挨拶は前置きが長いので、それをやめるようにしなければなりません。
司会者がスピーチをしてはいけません。司会者があまり詳しく説明しすぎると、「私の言いたいことは、ただいま司会者が全部おっしゃってくださいました。おめでとうございます。終わり」とお辞儀をすることになってしまいます。司会者が主役になってはならないのです。
失言をしないためには、原稿を書くことです。そして、それを聞いてもらって、問題がないかどうかチェックしてもらいます。そのときに、時間を計り、だいたい5分以内に収めるようにします。逆に、会場の人々がおもしろがっていないし、反応がないからといって、即興で、みんなにうけるように喜ばせようと頑張ると、どうしても失言が多くなってしまいます。会場は、目の前で楽しんでいる人ともっと広い視点でものを見ている人との二重構造になっているということを考えたうえで、気をつけてジョークやゴシップを言わなければならないのです。
弔辞は、その人の一生を、スピーチする人の立場から、ひとつの伝記として総括するものです。弔辞とは、一種の総決算なのです。結びのことばとして、「だが、かう考へることもできるかもしれない。できることにしよう。彼は短い生涯ですばらしい仕事をした。彼の人生は充実していた、と」、そして「いづれそのうち、ゆっくりと話をしませう。そこでは時間はいくらでもあるはずだ」という2つが心に残りました。
結婚式で、「年長者でありますから、そもそも結婚とは、とか、何か言うべきかもしれませんが、あれは無理ですね。みんな組合せが違うから、一般論はできないんです。それに、なーに、むずかしいことありませんよ。結婚なんて、人類が大昔からずーつとやってきたことですから」というスピーチがありました。誰かの真似をして、もっともらしく話すよりも、こんなスピーチができたら素晴らしいし、なによりも若い二人のはなむけになるに違いありません。とはいっても、自分で使いこなすというような自信は、まったくありません。
”<挨拶はたいへんだ>から引用しました”
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